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【第4話】東京タクシー行灯物語 〜行灯に込められた「安全」への想い〜

2019年08月12日

タクシーにまつわる「知らなかった!」がわかるTAXI(タクシー)+DICTIONARY(辞書)。題して「TAXINARY-タクシーナリー」。第4話は、日本のタクシーのシンボルでもある「行灯」(あんどん)にまつわるお話。そこには、TOKYOの下町から生まれた技術とアイデア、そしてタクシー乗務員の安全を願う職人たちの物語があった。

【第4話】東京タクシー行灯物語 〜行灯に込められた「安全」への想い〜

「行灯」を生み出したる場所

ここに、1枚の写真がある。
写っているのは、「武内工業所」の創業家族と従業員の面々だ。

「武内工業所」の創業家族と従業員の面々

武内工業所とは、 “知る人ぞ知る” 日本のタクシーの「行灯」(あんどん)のほとんど(約9割)を製造している会社である。東京都港区南麻布に本社を構え、TOKYOの街の発展と歩みをともにしてきた、TOKYOを代表する歴史ある中小企業のひとつだ。

昭和12年(1937年)1月4日の仕事始めの記念に撮られたという写真は、現住所へ移る前のもので「東京市京橋区入船町」と記されている。ノスタルジーを感じるこの写真には、現社長の武内昭一 氏の父であり、先代の武内金弥 氏の若かりし頃の姿が、家族、従業員とともに写っている。奇しくも、東京ハイヤー・タクシー協会の太田広報委員長と「T’s LIFE」編集部が取材にお邪魔した日は、先代の命日であった。この写真は、かつて、昭一 氏が父のために、古い写真の色味を再現して着色し、プリントし直して贈った記念の1枚だったのだ。
昭和6年(1931年)の創業時から、共に働き、はぐくんできた職人たちの技術と、その後も脈々と受け継がれていくクラフトマンシップの「はじまり」を表す貴重な写真である。


技術に裏打ちされた安全のための製品

タクシーのシンボルでもある行灯の正式名称は、「社名表示灯」(しゃめいひょうじとう)である。先代のアイデアから生まれた「防犯灯」製品であり、いまでこそ、すべてのタクシーの目印としてルーフトップに取り付けられている。行灯があってこそタクシーだと、多くの人が「認識」しているに違いない。その認識こそが、先代の防犯への願いと想いをカタチにしたものであり、現在の武内工業所の歴史なのである。

話は、昭和初期まで遡る。約90年前に創業した武内工業所は、自動車・航空機用品を製作する町工場であった。国内自動車専用用品はもちろん、当時、高価で貴重だった外国自動車のエンブレムやライトのカバーやレンズ、またはホイールキャップなどを、高い技術力によって成型し世に送り出していたのだ。その当時の貴重な鋳型が、本社には残されている。かつてのクルマ好きであれば、その鋳型を見ただけで、むかし憧れた自動車が目に浮かび、心踊ることだろう。
武内工業所には、自動車部品を製造していた頃より培われてきた、確かな技術があるのだ。

 

『DODGE』のメーカーエンブレムが、クルマ好きの心をくすぐる。他にも、ランプをかたどるための貴重な型など、博物館保存級の代物が大事に保管されている

専用工具も多くはなかった時代。自分たちの使いやすいように、または、造形する製品に合わせて、職人たちは工具もカスタマイズして使い込んでいたとのこと

 

 

転機は、昭和29年に訪れる。その頃のタクシーには社名表示灯なるものは存在しなかった。シンプルな「防犯灯」をつけているタクシーがわずかに走っているばかりで、まだ一般的に認知されているものではなかったという。そこに目をつけたのが先代の金弥 氏だ。タクシーの「防犯」と「視認性」を高めるために、社名表示灯という名称とともに、防犯灯を兼ねた「KT式」社名表示灯を売り出したのだ。ちなみにKT式とは、Kinya Takeuchiの頭文字から取っている(創業者のKenji Takeuchi でもある)。

当初は、東京都内でも10数社しかなかったという社名をつけたタクシーが、KT式社名表示灯をつけて、全国各地で走り回るようになるには、多くの困難と時間を費やした。東京都内のタクシーに浸透するまでに4、5年。その後、全国各地に広がるまでには、何人もの乗務員がタクシー強盗の被害に遭い犠牲になるという、痛ましくも残念な事件があってこそなのだ。昭和35年の法改正により、防犯機能のついた社名灯の設置がようやく義務化され、安全という観点から、タクシーの行灯が広まっていくことになった。

 

世界にも普及する行灯

KT式社名表示灯の全国的な広まりは、多くのタクシー乗務員の安全を約束し、タクシー強盗は激減。防犯灯としての役割を立派に果たし、そこからさらにユニークな広がりをみせていく。行灯は、単なる防犯機能を兼ねた社名灯ではなく、タクシー会社の名刺代わりとなり、会社ごと、地域ごと、季節ごとにと、様々な顔を持つようになる。職人のいる武内工業所ならではの製品作りが、タクシーのシンボルとしての「行灯カルチャー」へと発展していったのだ。
地域の特産品やお祭りなどを表現したご当地行灯は、地方ならではの特色を表し、訪れた旅行者を楽しませるエンターテインメントにもなっている。また、会社名から連想される動植物やモノをかたどった行灯は、タクシー利用者へ強く印象付けるアイコンでもあるのだ。
いつしか、独自の文化とも言えるようになった行灯は、世界各国のタクシー会社からも引き合いが増え、ワールドワイドに普及をしていった。

武内工業所の応接室には、過去のご当地行灯がずらりと並んでいる古いポスターが飾られている。歴史を感じる以前に、そのバラエティ豊かな行灯の数々に目を奪われる

 

当時のデザイン案から、具体的な設計図までファイリングして残してある

 

変わり種行灯のごく一部

 

職人の技術と独自の発想が詰まった工芸品

行灯のできる工程は、まさに職人の技が成せるもの。武内工業所が、世界において唯一無二の社名表示灯の専門企業である理由がここにある。全国津々浦々にユニークな行灯が生まれたのも、武内工業所が手がけたからと言えるだろう。ひとつの行灯が完成に至るまでには、いくつもの段階を踏むと、昭一 氏は言う。

「お客様のご要望を汲み取ってデザインを起こし、いくつかの案を提案してから、サンプルを作って完成品に近づけます。ここまでは、ごくごく当たり前のことかもしれません。機械成形方法であっても作り方や型の素材は様々ですし、複雑なデザインの行灯にいたっては、木型を作って成型しています。木型に関しては、特別な技術も必要です。木型から生み出す行灯は弊社の宝であり、これは会社の歴史ですね。そして何よりも、シンプルでも、複雑でも、出来上がりに適した確かな技術を持っていることがうちの強みです」

行灯ができるまでの工程は、まさに職人の手仕事があってこそ。様々な形、色の行灯の数々は、職人がひとつひとつ塩梅をみながら、丁寧に仕上げている。着色ひとつをとっても、着色用の金型を作り、塗りの加減や重ねる色数など、最高の仕上がりを求めて試行錯誤をし、決め込んでいく。惜しみなく手間暇をかけてきたからこそ、いくつものユニークな行灯が生まれ、各所でタクシーのシンボルとして愛されているのだ。

 

ユニークなカタチの行灯に見られる、丸みや曲げ、歪みなどは、まさに職人のワザによるもの。手加減の必要な多色刷りも含め、武内工業所の職人たちの手仕事が活きているimage08

 

進化し続ける社名表示灯

誕生から65年。今でも、時代の移り変わりとともに、KT式社名表示灯は進化を続けている。その努力こそが、他社の追随を許さず、業界のトップランナーとして圧倒的なシェアを保っている秘訣なのだ。武内工業所では、電灯ひとつ、使用素材ひとつをとっても、常に良いものを探し、試し、最新の行灯を提供し続けていると、昭一 氏は言う。

「LEDに変えたことで光量がアップして視認性が上がり、発熱量も抑えられて、より扱いやすくなりました。防犯灯に使っている赤色LEDも、うち独自のルートで探してきました。裸で点ければ直視できないほどの明るさを持っていて、行灯内からの発光量は、大幅にアップしています。省電力化を図れても、防犯灯としての視認性、機能性を失っては意味がありません」

ほかにも、部材を結合する接着剤までも、接着剤メーカーとタッグを組み、素材に合ったオリジナル接着剤を開発してしまうという徹底ぶりだ。

当然ながら、新たに登場したタクシー車両「JPN TAXI」に対応した行灯も、開発をし直して導入に至っている。新車両に最適化した部品を取り付け、車体のカタチに合わせて、視認性を考えてデザインしている。パーツひとつひとつに配慮して完成形を導き出しているのだ。

チェッカー無線は、すでにJPN TAXI専用の行灯を武内工業所にオーダー済み。車両に合わせたデザイン、機能を最大に活かすパーツを揃えて作り上げた。新行灯として、各所に工夫が施されている

 

 

時代の流れとともに変わりゆく行灯

行灯の進化は、ときに国や行政の事情、走行場所の変化などでカタチを変えてきた。「東京無線」のスタンダードな行灯を並べてみると、そのときどきの事情に合わせた形状の変遷が垣間みえる。国や行政より、突起部分の形状の変更指示を受けた際の「お達し」に合わせて、行灯のカタチを変えたもの。「行灯ごろし」と呼ばれる、天井が低くて通りづらいガード下を通れるようにするために、行灯上部をカットしたもの。などなど、事情に合わせたデザインが存在するのも面白いところだ。ちなみに、いくつもの行灯が被害にあった「行灯ごろしのガード下」で有名な港区の「高輪橋架道橋」は、JR山手線の新駅「高輪ゲートウェイ駅」開業に伴い、新道路が設置されてガードが無くなるとのこと。これにて、行灯と低すぎるガード下の長きに渡っての闘いは終焉となる。

 

様々な事情や用途、車両に合わせて、同じタクシー会社のデザインだけでも複数のパターンがあり、歴史とデザインの変遷をみることができる

 

 

技術の継承と行灯本来の役割への想い

最後に、技術と職人の想いを継承してきた武内工業所代表として、武内昭一 社長に、未来への展望を伺った。

「私から何かを伝えたいとすれば、全国のタクシー会社へお願いがあります。予算や会社の事情はあると思いますが、できれば行灯は定期的に新調していただきたいですね。行灯は、タクシー車両の顔であり、タクシー会社のシンボルです。汚れてしまったり、どこか欠けていたりする行灯では、防犯灯の役割としても、視認性が落ちたり、赤く点灯しなければ意味がありません。そもそもタクシードライバーの命を守るためのKT式社名表示灯です。本来の役割を果たすためにも、新調をオススメします。
同様にして、車両内には防犯板をぜひ導入して欲しいです。犯罪抑止の面でも、いざというときの効果も大きく違います。我々は、行灯を作る技術はもとより、これからもタクシードライバーの皆さんが安全に働ける環境のための製品を提供し続けられるよう、努力していこうと思っています」

防犯灯として、タクシーのシンボルとしての行灯は、タクシー乗務員の安全装置の役割を担いながら、いつしか職人の技、技術の粋を集めた、日本の工芸文化のひとつともいえる製品として受け継がれてきた。それでも昭一 氏は、技術を残していくことも大事だが、タクシー乗務員の安全が第一だと言う。先代や当時の職人さんたちから脈々と受け継がれる技術は、すべてタクシー乗務員、タクシー業界、ひいては交通インフラとしてのタクシーの安全のために継承されているものなのだ。