【第3話:特別対談】東京タクシー安全物語〜東京におけるタクシー業界の「安全」への取り組み

2019年04月26日

タクシーにまつわる「知らなかった!」がわかるTAXI(タクシー)+DICTIONARY(辞書)。題して「TAXINARY-タクシーナリー」。第3話は、東京ハイヤー・タクシー協会の事故防止委員長と広報委員長による、特別対談が実現。東京のタクシー業界が取り組む「安全」について、熱く語っていただいた。都心の交通インフラを担うタクシーが、どれだけ真摯に安全対策に向き合ってきたのかがわかる対談となった。

 

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―太田広報委員長(以下、太田)
東京ハイヤー・タクシー協会の事故防止委員長として、現状のお取り組みやお考えを色々と聞かせてください。まずは、協会が「安全」に関して取り組んでいることを教えてください。

―坂本事故防止委員長(以下、坂本)
協会としては、まずイチバンに力を入れているのが、実際の現場でタクシー運行業務の要(かなめ)となっている「運行管理者」の資質の向上ですね。タクシー乗務員に何かを伝えるときは、各事業所に配置されている運行管理者からそれぞれの乗務員に伝達するようになっています。運行管理者の伝え方次第で、乗務員たちの理解度は変わりますし、現場での実行率にも影響します。協会から各乗務員に向けた重要伝達事項や決まりごとをしっかりと届けるには、運行管理者のスキルアップや意識づけが重要です。そういった意味で、協会の「安全」に対する取り組みの一環としては、特に、運行管理者の資質向上に重きを置いているところです。

―太田
具体的には、運行管理者向けの講習会とか勉強会とかを実施するようなカタチでしょうか?

―坂本
そうですね。正直なところ、運行管理者すべてを集めて実施するのはなかなか難しいのですが、現状で協会が音頭を取って実施しているのは、年2回の「事故防止責任者講習会」になります。毎回テーマを決めて、参加している運行管理者たちが自ら考え、理解して帰ってもらえるよう有意義な時間にしたいと思っています。いつだったか、私がまだ事故防止委員長になる前に参加した講習会で、寝ている人の目立つときがありました。それは、伝え方、内容にも問題があったと言えます。だからといって寝ていいわけではありませんが、伝える側も工夫しないといけないと思いました。 私は、講習会実施のときは、いつも黄色いジャンパーを着て出席しています。すると、出席者の多くがスーツ姿なので「いつも派手な格好してらっしゃいますよね?」と、私の知らない運行管理者からも言われるようになってきました。些細なことですが、伝える側を覚えてもらい関心を向けさせることも、意識を高めるための手段だと思っています。運行管理者の皆さんには、忙しい時間を割いて参加してもらうわけですから、眠る時間ではなく、事故件数を減らすためのヒントやきっかけを、何かひとつでも持ち帰ってもらいたいわけです。

 

―太田
協会に属する特別区・武蔵野三鷹地区約340社の各事業所から、管理者が2名くらいずつ出席しているので、およそ700名ほどの参加者かと思いますが、年に2回の講習会が協会との唯一の接点ということになりますよね。

―坂本
少ないですよね。本当はもう少し増やしたいのですが、一堂に会していただくのはこの2回。あとは、各管轄警察署との連携や招集で実施する集まりで、指導や注意喚起、伝達事項を運行管理者が受け取るタイミングくらいでしょうか。その後は、運行管理者が、自身の事業所に持ち帰って各乗務員に伝えるわけでして、協会は立ち会えません。結局は、運行管理者の伝え方次第で乗務員にしっかりと浸透するかどうかの違いが生じます。運行管理者の熱心さも大事ですが、いかにご自身が理解して、乗務員全員に同じように情報を届けるかが重要になります。

―太田
各事業所の運行管理者が、自社の乗務員に伝えるタイミングは、月一回の「明番教育会」がメインですか?

 

―坂本
はい、各事業所によってやり方はそれぞれかもしれませんが、基本的には月1回、乗務員全員がシフトに合わせて出席する明番教育会がメインとなります(複数回に分けておこなわれる)。あとは、日々の「出庫前点呼」での確認、伝達ですね。 そもそも運行管理者は、明番教育会や出庫前点呼で、乗務員へ何度も言った(伝えた)気になりがちです。毎回の出庫前点呼で注意喚起している場合は、なおのこと同じ内容を繰り返しご案内していることになります。でも乗務員の多くは、自分が出席したタイミングの1回のみなので、運行管理者が思っている「何度も言っていますよね?!」という気持ちや熱量とは、大きくかけ離れてしまいます。この温度差を埋めて、きちんと伝えなければいけない。運行管理者たちは大変ですよね。でも、この繰り返しを続けてくれているから、乗務員に徐々に浸透して、事故防止、安全向上につながっているのです。

―太田
パワーを使いますよね。各運行管理者の方々の努力には頭が下がります。そのおかげで、ここ数年の事故件数は明らかに減っていると思いますがいかがでしょう?

―坂本
この5年だけをみると、約3割ほど事故件数が減っているかと思います。数字をみる限りでは、浸透してきたのかなと思えるのですが、正直、まだまだ減らさないとと思っています。

―太田
もう一方で「乗務員の意識向上」という点では、かつては売り上げ至上主義の乗務員さんも多くて、帰庫(きこ)時間を守らなかったり、休憩を十分取らなかったりしていたと思います。今は、多くの乗務員さんがしっかりと守られている気がしますが。

―坂本
はい、経験豊富なドライバーさんをはじめ、事故防止に努めてくれる乗務員が増えたこととは間違いないですね。「稼いでなんぼ」みたいな風潮はなくなり、安全面を考慮して、率先して帰庫時間、休憩時間を守っていただける乗務員が多くなりました。事故件数が減ってきた理由のひとつでもあると思います。

―太田
言い過ぎかもしれませんが、「働き方改革」を先んじておこなっている業界とも言えるのではないでしょうか? 就活フェアとかでも「働きすぎると怒られる業種」としてご紹介、ご案内したりしてますから(笑)。

―坂本
そうですね(笑)。就職活動をされている方々が持っているタクシー業界のイメージとはちょっと違うかもしれませんね。勤務形態は通常のサラリーマンの方とは違いますが、サービス残業とか、急な出勤とかはないですから。むしろ、勤務時間、休憩時間、休日がしっかりと守られています。

―太田
そのほかに、協会として重点をおいている「安全」事項はございますか?

―坂本
ほかには、「路上寝込み」と「横断禁止場所」への注意喚起ですね。この2点を徹底的に浸透させようとしています。特に、路上寝込みは知っていないと避けられない事故と言えます。一般の方々は「まさか?」とおっしゃるんですが、これが結構あるんです。環七や環八、都心でも外苑西通りとかで発生しています。深夜で、車がスムーズに流れているときに、突然、路上に寝込み者が横たわっているわけです。意識をしていなければ、絶対に避けようがない状況です。乗務員には、流れている幹線通りこそ気をつけて運転するように指導しています。 もうひとつも幹線通りで多く見受けられますが、横断禁止場所での「横断者」への注意ですね。こちらは、重点地域や場所をしっかりと把握していると、避けられる事故といえます。

―太田
横断禁止場所に関しては、かなり浸透してきているのではないでしょうか? 昨年は都内の横断禁止場所での死亡事故件数は、ゼロかと思います。路上寝込みは、意識していなければ防げないですよね。こちらも、意識は高まっていると思います。

―坂本
協会の体制、体質も変わってきましたよね。このお話を取り上げていただけることも浸透につながることです。以前は、協会内の委員会の取り組みが、なかなか横断して取り上げられることもなかったですものね。事故防止の意識が、運行管理者以外からも情報として伝わり、浸透していくことが大事ですね。

―太田
はい、広報委員会の活動も、事故防止の一助となればと思っています。まだお話は続きますが(笑)。 少し視点を変えて交通インフラ全体の話として、特にインシデントとして、乗務員のアルコール問題が取り上げられていますが、タクシー業界からすると少し信じられないことだと思います。

―坂本
飛行機や船舶の乗務員の話ですね。タクシー業界では考えられませんね。タクシー乗務員のアルコールチェックは、10年以上も前から徹底しておこなってきています。ガイドラインもフローも比較にならないです。

―太田
そうだと思います。飛行機業界では、乗務員任せの立会いすらない、吹きかけ式のアルコールチェックをおこなっていたようですが、タクシー業界ではどのような基準、フローでおこなっていますか?

―坂本
乗務員は出庫前に必ず、運行管理者の目の前でストロー式のアルコールチェッカーで呼気検査をおこない、合格すること。さらに、アルコールチェックは帰庫時にも提出を義務付けています。当然ながら、帰庫時での検出者はゼロでなければいけません。少なくともうちの事業所では、まったくいません。出庫前の検査で、もしもアルコールが微量でも検出されたら、1時間ほど時間をおいて再チェックをおこない、それでも検出されたら乗務停止(禁止)です。最近では、ほとんどいないですね。乗務員の皆さんの意識もそうですが、もはやアルコール基準値とかの問題ではなく、乗務前に飲酒をしていないことは当たり前のことです。タクシー業界が厳しいのではなく、それが当たり前であって、ほかが甘いと言わざるをえないですよね。

―太田
はい、交通インフラにおける乗務員のアルコールチェック機能に、ここまで差があるとは思ってもみませんでしたね。他業界はともかく、タクシー業界の積み上げてきたものは、お客様にとっても、確かな安心につながっていると思います。

 

(キャプション)ドライバーは出庫時、帰庫時に必ずおこなっているアルコールチェック。運行管理者が立会いでごまかしは一切きかない

 

―太田
昨今の話題という点では「ライドシェア」についても、タクシー業界にとって大きなトピックスだと思いますが、事故防止委員会ではどのように捉えていますか?

―坂本
サービスに関しての可否は、今回触れるものではないと思うので割愛しますが、安全面という点では、いろいろと心配はありますね。まず、ここまでのお話でもおわかりかと思いますが、タクシー業界と比較した場合、安全面に対しての取り組み方は雲泥の差だと思います。といいますか「ライドシェア」全体での安全への取り組みはどのように考えているのか? アルコールのチェックもそうですし、注意喚起の徹底や講習、共通のインフォメーションなどなど。我々が事業所ごとに取り仕切ることさえ難しいことを、民間の方々を対象に、誰がどのように行うのか。 何よりも、お客様からのご要望にお応えしながら都内の指定場所へ最適なルートでお連れできるのかどうか。お客様を乗せながら行き先へ導くのは大変なプレッシャー(負荷)のかかった状態での走行になります。安全配慮、法令遵守の両面からも安全確保ができるのか、とても心配です。タクシー業界全体、各事業所には、安全対策への最大限の努力義務、注意喚起を徹底している政府が、ライドシェアの安全面をどのように考えているのか、こちらから伺いたいですね。

 

―太田
次に、タクシー車両と設備の安全面についてお伺いしたいと思います。JPN タクシー(トヨタ)やセレナ(日産)には衝突防止機能が装備されていますが、安全面や事故件数などに変化はみられますか?

―坂本
衝突防止機能がついたタクシー車両というのは、著しく増加しています。あと数年で東京都内のほぼすべてのタクシー車両が、衝突防止機能を有したものに入れ替わるのではないでしょうか? ただ、残念ながらまだ数字としてはっきりと事故回避や、事故発生件数の減少につながっているかのデータは取れていません。 全体的な事故発生件数は、先ほどのお話の通り、毎年ほぼ同水準で減少傾向にあるので、導入後、顕著に減少しているわけではありません。もちろん、安全性能の向上した車両に乗ることは重要だと思います。その方が事故回避につながるとは思います。ただ、あくまでも補助機能ですので、乗務員が装備機能を過信して注意を怠るようなことは起きて欲しくないですね。

―太田
ドライブレーコーダー(以下、ドラレコ)は都内ほぼ全車両に導入済みかと思いますが、タクシーにおける安全面での活用、効果というのはいかがでしょう?

―坂本
事故は起きて欲しくないのですが、ドライバーが細心の注意を払っていても、相手方の過失によって起きた事故の場合、ドライバーを守ってくれますよね。導入当初は、「運転状況を見張るのか?」なんて、反発するドライバーもいましたが、いちいち全ドライバーの動画をチェックなんてできないですから(笑)。今は、その有効性をどのドライバーも実感していると思います。こちらも肌感でしかないですが、いろいろな抑止にはなっていると思います。常に録られていることで、ドライバーの安全運転への意識も高まりましたし、もしものときに、自分を守ってくれますからね。

―太田
防犯面でも有効ではないですか? これは「防犯板」とともに、ドライバーの安全を確保するという意味でも。タクシー強盗や酔っ払いの人からの直接的な攻撃を防ぐこともそうですし、もしも犯罪が発生してしまったあとの警察への協力も含めて、ドラレコと防犯板が設置されていることが安全に大きく貢献しているかと思っています。

―坂本
そうですね。タクシーに限らず、一般のマイカーでもドラレコ普及率が上がっているのは、自分を守るためですからね。また、防犯板で防げた犯罪も多くあると思います。実際に悪質なお客様はいらっしゃって、運転席を後ろから蹴られた、という話はよく聞きます。防犯板とドラレコがあることで、防げている暴力や犯罪は、思っている以上にあるかもしれませんね。

―太田
実は、次回のタクシーナリーで取り上げる予定ですが、「行灯」(あんどん)の本来の機能について、もう少し多くの方に知っていただきたいと思っています。

―坂本
ああ、行灯のSOS機能ですね。こちらもタクシーの防犯機能のひとつですが、どうなんでしょう。わたしはあまり、一般の方は知らないほうが良いのかなぁ、とも思っていますが。

―太田
そもそもは非常灯として、タクシー車内で異常が起きてるときに、赤く点滅させることができるのが行灯で、それに気がついた歩行者などの外部の人に110番をしてもらう仕組みです。先ほどの泥酔者の話もそうですが、けっこうドライバーが危険な目に遭うことも多いので、広報的には知られた方が良いと思っています。

―坂本
そうですね。行灯は、たくさんの種類があって見ているだけでも楽しいですから、次回を楽しみにしています。

―太田
最後に、事故防止委員会として、これから重点を置きたい安全事項はありますか?

―坂本
「夕方16時のライトオンの習慣化」ですね。昨年は「路上寝込み」の周知を徹底してきて、成果もあがってきましたが、今年は16時には必ずライトオンして、交通安全への意識、夜になる前の集中力のアップなどをドライバー個々に意識してもらうきっかけにしていきたいですね。

―太田
ありがとうございます。つづいては、事業所としての取り組みをお聞かせください。

 

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